30代無職が真っ当な生活を手に入れるべく右往左往するブログ
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わいおー

Author:わいおー
秋田在住の30代無職。
ただいま絶賛求職中。

・・・そのはずでしたが、現在わけあって交通警備の仕事をしています。
この仕事に慣れてきたら、求職活動を再開する予定。

リンクフリーでやってます。
yoriyori255@gmail.com


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職業訓練校の件


シリーズ「私の職歴」
番外編 職業訓練校の件

職歴じゃないけどな。番外編ってことで。

俺が通ったのは機械加工と製図のコース。機械加工ってのは、専用の機械を使って金属を削る加工のことだよ。ろくろみたいに金属が回るのが旋盤。逆に刃物が回るのがフライス盤だと思いねえ。

金属を削るくらいの機械なので、使い方間違えれば危険だよ。だから、このコースを選んだ。ずぶの素人では採用が出にくい。一般家庭では触れる機会がない。人間の経験に頼る部分が大きいってことで、一度身につけちゃえば、就職転職の際に、絶対的に有利な立場になると考えたんだわ。

ま、修了した頃に、例の世界同時不況が始まって、製造系の求人が激減しちゃったわけだけど。

そんな話はどうでもいいか。

で、職業訓練校な。
この施設は、本当に使い方次第だと思う。雇用保険延長目的のみの人もいれば、雇用保険なしでも勉強したいって人もいる。もっと勉強したいって人には、講師陣はいくらでも補習につきあってくれるし、逆に出席だけとって、家に帰ってもOKだ。

3:30にはレギュラーの授業が終わるから、休憩や片付けが済んでから、4:00から6:00頃までほぼ毎日補習をしてもらったわ。

講師陣に「俺が在校している間は、定時に帰れると思わないでください。」って、ゆったったもん。

そんでも、朝9時から夕方6時までだから。別にハードでもないしね。

まあ、講師の皆様は授業以外にも仕事があるので、6時には帰れなかったそうですが。ごめんよ。でも、うちら、これまで秋田県では受験機会すらなかった資格も取ったんだぜ。PRに使うがよろし。

概ね俺にとっては有意義な半年だったわけだけど、製造業の求人が激減しちゃったのが痛いなぁ。

もう2年早く行っとくべきだったわ。

もし、今後、訓練校に行こうって人がいたら、修了後に、お目当ての求人がどの程度あるのか調べておくといいと思うよ。

あとは、あくまで就職活動をメインとして、空いた時間に勉強しに行く場と割り切るとか。授業や補習の他にも、独自に勉強して、就職で決め手になる資格を取るとかね。

やりたい人がやりたいだけ勉強するって、フリーダムなスタイルゆえ、何かしら目的を持って入校しないと、無駄に時間を消費することになるよ。

雇用保険目的のヤツはシラネ。なんらかの成果を出さないと、面接にいった時、遊んでただけって思われるから、行かないほうが良いと思うんだけどな。周りの邪魔になるし。

「やってもできない人は仕方ない。やらない人は辞めさせろ。」

と、在校中、よく俺が言ってたわけだけど、うちの科では退校処分者でなかったよ。今は入校希望者も多いはずだから、退校処分も有意義に発動してやってほしいわ。

そう思うのですよ。修了生としては。


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2009⁄03⁄29 18:45 カテゴリー:私の職歴 comment(0) trackback(0)
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秋田の食品系有名企業の件


シリーズ「私の職歴」
第7社 秋田の食品系有名企業の件

あくまで秋田では有名って事な。全国的には知名度低いよ。パンつくってる。

「すぐに働けるトコ紹介して。仕事内容はなんでもいいから」
と知ってる派遣会社に声をかけたら、紹介されたのがココ。

派遣会社は、ここぞとばかりに引き受け手のない案件を回してきてくれましたね。

第一印象は「汚い」
本当にここで食べ物扱っていいの?ってくらい汚い。
ここで働くのは罪悪感があったよ。ここで作られたパンが秋田県中に流通するし、学校給食用にもなるし。

環境が悪くても、焼いちゃえば大丈夫なんだろうな。ここ5~6年に話に限れば、俺が知る限り、新聞沙汰になったのはハエと金属片の2回しかない。意外と少ないな。

俺の仕事は製品管理。
製パンラインの一角で包装まで終わったパンをひとつひとつ目視でチェックする。地味で退屈な仕事。

製パンラインでパンを作るのは、製パン課の人。検品する俺は管理課所属。俺がダメだしすると、作り直すのは製パン課。それでもって管理課と製パン課は、製品に対して、それぞれ別の基準を持っている。製パン課基準ではOKな製品も、管理課基準ではアウトだったりするんだね。

あほか。

俺がダメ出しすると、製パン課の現場担当者がブリブリと怒る。かといって、スルーもできない板ばさみ。

基準に文句があるなら、俺じゃなくて製パン課の上司に言えよ。でもって、製パン課と管理課で共通の基準をすり合わせろ。

末端同士でイガみあってどうなるってんだ。俺を倒しても、何も出ねえぞ。あほ。

そんな会社でした。

もう少し、会社を良くしようとか考えようよ。


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2009⁄03⁄29 16:04 カテゴリー:私の職歴 comment(6) trackback(0)
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「この木何の木♪」のあのグループの製作所の件


シリーズ「私の職歴」
第6社 「この木何の木♪」のあのグループの製作所の件

前回のドラえもん廃棄場で知り合った人の紹介で入った派遣の仕事。
改善係という部署で、名目上は製造ラインの改善作業が主な仕事なんですが、
必要があればゴミの片付けや雪かきまで何でもやりました。もう便利屋扱い。

この仕事の良かった点は、何でもできた事。

通常は現場や上層部からの要望に応じて、知恵を絞って改善案を出し、それを実現していくんですが、こちらから提案することもできます。

ですから、私は時間があれば場内をよくうろうろしてました。場内の設備や、現場での作業内容をよく観察する。そこから見える問題点を把握し、改善案を考える。そして実現させる。マニュアルのない中で、暗中模索から成功まで導く作業は格別に楽しいものでした。

しょっちゅううろうろしていたので、入ったばかりの人からは「暇な人」と思われていたようですが。

製造ライン用の作業台を作るには図面が必要です。私の場合、自分で使う図面は自分で書いてたんですが、なにぶん見よう見まねなもので、JIS規格無視の私にしかわからない書き方をしている部分もあります。

あるとき、私の引いた図面を他の工場が欲しがったそうで、私の知らないうちにFAXされていました。

「ここはキモチで組み立てる。」
「パニックルームと同じ要領で」
「陸戦型と強襲型を合成するつもりで」
「以後、この手の組み立て方法をわいおー式と呼称する」
「エタノールとJINROは味がよく似ている。」

などなど、わけのわからないメモ書きも入っていたのですが、無事に組みあがったらしいです。
まあ、私が組み立てた物に比べ、攻撃力は劣化したようですが。

大事なんですよ、作業台の攻撃力って。

攻撃力の概念は、同じ部署の人にさえ、理解して貰えませんでしたけど。

この会社でおぼえた製図知識(見よう見まね)は後々、職業訓練校で活かされることになります。


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2008⁄12⁄31 19:57 カテゴリー:私の職歴 comment(2) trackback(0)
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製造系ブラック企業の件


シリーズ「私の職歴」
第5社 製造系ブラック企業の件

就職がなかなか決まらず、緊急回避的に選んだ派遣の仕事。
地元でも有名なブラック企業で、夜勤専門で働くことになりました。

日勤に比べて給料が高く、その気になれば昼間に面接にも行けるのが決めた理由です。

クリーンルーム内で電子部品を組み立てる仕事だったのですが、このクリーンルームというのがやっかいで、入る時は専用のクリーンスーツに着替えて、エアーシャワーを浴びなきゃいけないんです。

クリーンスーツって見たことない人は、フードつきの全身タイツだと思ってもらえれば、おおむね間違いないかと。ちなみに色は青でした。

で、それら着替えの手間で、出入り往復で5分くらいかかる。

10分の休憩の間に、休憩所やトイレに行こうと思うと、ただでさえ時間が足りないのに、出入り口が込み合って、休憩できる時間がほとんど残りません。

だから、ただ休むだけなら、クリーンルーム内の床に寝そべってしまうほうが効率的でした。

夜勤ということもあり、そういう床で寝る人もけっこういて、その光景は末期的。

薄暗い工場内で、青い全身タイツをかぶった人が、バタバタと床に倒れている・・・

私には、出来損ないのドラえもん廃棄場に見えました。そのうち1体は自分なんですが。

初めて目の当たりにした時は、衝撃的でしたね。
ここの給料はペリカで支払われるんじゃないかと真剣に思いました。

仕事内容は単調な組立作業ですから、長時間立ってられる足腰と根気さえあれば誰でもできます。言葉を話す必要もありません。ついでにいうと人間である必要もなかったと思います。組み立てる機械がないから、代わりに人間がやってた。それだけの話です。

ここの仕事は当初6ヶ月程度と聞いていたのですが、経営状態が良くなかったらしく3ヶ月で打ち切りになりました。

なんでも、その打ち切りの仕方が良くなかったらしく、今後はこの会社とは取引しないと決めた派遣会社もあったそうです。

派遣会社に見切られるなんて、よっぽど無茶したんでしょうね。この会社。

私はここで知り合った人のツテで、他の製作所に移ることができたのですが、中には次の派遣先どころか経営が危うくなる派遣会社も。1社は潰れました。

あの時、夜勤で一緒だった、ポケットのないドラえもん達は、今、真っ当に暮らせているのでしょうか。
少々、気にはなります。


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2008⁄12⁄23 16:27 カテゴリー:私の職歴 comment(3) trackback(0)
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全国的に有名な出版社の件


シリーズ「私の職歴」
第4社 全国的に有名な出版社の件

ある出版社で就職情報を提供するあのウェブサイトの制作に携わりました。制作部の人員は100人超、そのほとんどが私と同じ派遣社員で構成されていました。それぞれ会社の将来を担うであろう新卒正社員の募集を、どこの馬の骨とも知らぬ派遣社員たちが提供しているのですから妙な世の中です。

どこの馬の骨なんて表現を使いましたが、100人もいるのですから、特殊な経歴をもった人もかなりいます。

元キャバクラ嬢、元ニューヨーク支局特派員、元政治家秘書、海外進出を控えたバンドマン、現役プロスポーツ選手、自称ナメック星人、年の半分を南米で過ごす謎の旅人などなど、実に多彩。それがそれぞれ私服で闊歩するのですから、フリーダムとしか言いようのない光景でありました。スーツはもちろんの事、カクテルドレス、短パン、麦わら帽子、パンタロン、果てはぬいぐるみまで。私もいいかげん変な経歴と言われますが、あの中では特に目立ったものではありません。事実、自己紹介で元同業者を何人か発見しました。さすが大企業、すごいぞ大企業。

常に笑いの絶えない底抜けに明るい職場でしたが、仕事に関してはシビアです。派遣契約は2ヶ月更新でしたから、ダメな子はあっさりと契約終了。超実力主義です。そのおかげで「バカで明るくて奇抜で、でも仕事はきっちりとこなす空気」が保たれていたのだと思います。

私はこの単純明快なお祭りのような空気は好きですよ。ただ欲を言えば、同じダメな子でも「やってるけど、うまくできない子」はもう少し長い目で見てあげてほしかったかなと。「やらない子」は同情の余地なしですが。


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2008⁄11⁄26 20:27 カテゴリー:私の職歴 comment(0) trackback(0)
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